生殖補助医療支援基本法の制定の必要性 遠藤直哉弁護士
2008.03.13
−学術会議(生殖補助医療の在り方検討委員会)への申入書−
法律時報1月号
弁護士・桐蔭横浜大学法科大学院教授 遠藤直哉
1、基本法の目的
1 患者の権利宣言
学術会議の「生殖補助医療の在り方検討委員会」は、平成20年1月30日までに報告書を準備し、翌日31日に公開講演会を予定している。これに対して、平成19年11月4日、「扶助生殖医療を推進する患者会」の「二輪草」及び、世話人医師根津八紘・弁護士遠藤直哉は、学術会議に「生殖補助医療を受ける患者の憲法上の権利」を守るように申入を行い、後記「生殖補助医療支援基本法」(要綱)と、その理由を説明する別紙「妊娠出産の新しい展望(妊娠準備・不妊予防・早期治療)」及び本論稿と同旨の意見書を学術会議に提出し、記者発表をした。すなわち、(社)日本産科産婦人科学会は、不当な会告をもって会員を拘束して、国民の生殖補助医療を利用する憲法上の権利を大きく侵害してきた(1)。このような方法を廃止させ、医師及び医療機関が患者のための治療を責任をもって実施できる体制を作るためには、法律により患者の憲法上の権利の確認をし、日産婦会による妨害を禁止する必要がある。そもそも生殖補助医療を利用する権利は国民の憲法上の権利である以上、「厳格審査」による特別の理由が立証されなければ、規制はできない。また親子の関係も判例で決定できる。しかしながら、日産婦会は会告をもって会員医師に対して生殖補助医療を禁止して、かつ厚生科学審議会や最高裁が患者の権利を侵害し、子の福祉(子の最善の利益)を守らなかった以上、妊娠出産を支援し、子の福祉を守るための法律を作ることも国の責務といえる。その際には、後記支援法のように過去の過ちを繰り返さない内容を盛り込む必要がある。学術会議の委員には、最も責任の重い加害者と言うべき日産婦会吉村理事長と、さらに、大谷医師の除名の資料として多くの誤った情報を下に日産婦会「倫理審議会答申書」を作成した米本昌平氏も加わっている(2)。学術会議における配付資料は消極的意見に偏っているのに対して、生殖補助医療の専門家たる根津医師・大谷医師・小野幸二大東文化大名誉教授(3)、多くの患者の意見はほとんど反映されていない。
しかし世論は大きく変わった。読売新聞は日産婦会の会告を是正すべしと主張し、アンケート調査結果によれば、生殖補助医療の利用が支持され始めている。向井夫婦及び野田聖子議員などのわかりやすい話が出版されたことから、一部の専門家と称される人々はかたくなに意見を変えないままに世に後れていることとなった。厚労省、法務省、日弁連、家族法学者などはなぜ世に後れたかといえば、日産婦会の幹部が不妊治療について開業医に遅れをとったため、会告による抑圧体制が続き、その体制に従ってきたからである。しかし、専門家や学者は世の中の流れに従い、意見を柔軟に変えていかなければその存在意義を問われる。学術会議においては社会の動向に従い、米国の判例の言う「社会や技術の進展に合わせて法を柔軟に運用する」との輝かしい英米法の思想に習う必要がある。
2 救済と支援の必要性
生殖補助医療支援の法律は、患者の権利を明記し、生殖補助医療の利用を支援するものとして抽象的なもので十分である。その他の具体的な運用は、技術の進展に伴い、常に改変するソフトローによるべきである(4)。ソフトローの担い手は、従来は、厚生労働省、自治体、学会、医師会などであった。しかし、日本ではいずれもこの組織が硬直化または腐敗している。日本国民の最大の不幸は、ソフトローの担い手がほとんど存在しないということである。政府も適正なソフトローをつくれないばかりか、日産婦会は、完全にソフトローを悪用し、会員と患者を抑圧してきた。日産婦会は、患者から会告無効確認と損害賠償請求訴訟を提起された(5)。患者を救済してきた良心的な医師である根津医師を除名したり、大谷医師を除名し、除名無効訴訟が提起された。学会の規則は、標準的ルールであり、悪徳医師を拘束することはできても、進展する先進医療を患者のために提供する良心的医師を除名できるものではない。受精着床学会や日本IVF学会などがソフトローを日産婦会に対抗してつくるべきである。大谷医師は日本IVF学会の次期会長となる予定であり、患者にとって、一縷の光明が見え始めている。他方、日産婦会は、着床前診断を禁止した会告を運用し、未だにホームページにおいて、嘘で固めた「着床前診断の18年見解」を掲載し、流産患者に着床前診断の有効性と優位性を隠している。これは、「着床前診断による妊娠と自然妊娠による妊娠の成功率が同じである」という鈴森・杉浦の捏造論文を基にしている(6)。ホームページ上で「自然妊娠による成功率68%」を引用論文1としているが、捏造部分の「着床前診断による成功率68%」は引用論文2には記載されていない。吉村倫理委員長は、引用すべき論文が「捏造」であったため、これを隠し、記者発表し、理事長就任後も訂正をしないで、現在もホームページに記載し続けている。世の中で次々と糾弾されている偽装事件と同じであり、日産婦会は、患者を騙し続けている。日産婦会は、生殖補助医療に関与する資格を有しない。厚労省が、特定不妊治療費助成事業の認定施設を日産婦会の会員のみに限定している通達は憲法違反である。
2,視野を広げた比較を
広い視野からのバランスを取れた考え方をし、法を解釈し、運用し、立法することを「法の賢慮」(Juris Prudentia、田中成明教授・法理学)と理解しており、今までの狭い視野に基づく議論は、真に法を扱う思考方法ではない。以下、反対論に対して広い視野から患者の立場を擁護する。
1 子の福祉を害しない−離婚などとの比較を
子の福祉を害するとの反対論がある。他方、離婚は急増している。妻の不倫(恋愛)も多くの離婚の原因となっている。子供は、離婚により進学もできなくなったり、満足に食事もできなくなる。精神的打撃は極めて大きいが、ほとんど声を出せない。母と父との間に挟まれ、どっちについてよいか悩まされる。これに対して、生殖補助医療で生まれた子は、ようやく生まれてきたことから、夫婦から宝物のように扱われ、周囲の祝福もにぎやかである。普通に生まれても虐待される子に比べ、これより幸福なのも明白である。
死後生殖については、父親のいないことについての問題がある。しかし、普通に生まれても、すぐに親の離婚により二度と親と会えない子、親の交通事故死や病死に遭う子もいる。ピカソやチャップリンのように70数歳で子を産みすぐ死亡する例もある。死後生殖の場合には、妻が夫を愛するが故に、その子を作ろうという場合が多く、離婚の場合より子供の理解は得やすい。子は母親や親族の愛情に包まれて育つのである。母親自身が子の福祉を考えて、経済的余裕のあるときに実施するのは、一般の出産と変わりはない。
2 子のアイデンティティーの確保−養子との比較を
生殖補助医療で生まれてきた子のアイデンティティーの確保が問題とされてきた。代理出産の場合よりも卵子提供・精子提供の場合に問題となる。しかし、養子の場合も問題は同じである。養子は自分の出生について悩んだり、突然養子であることを知らされ、大きな精神的ショックを受ける。実の親に会いたいとの希望も出てくる。養子の実親は貧しいために泣く泣く子を手放す場合が多く、その再会は極めて深刻である。これに対し、精子提供・卵子提供の場合には、そのことを子は知らされないし、知ったところで目的は明確だし、遺伝情報を入手できる方法もある。仮に提供者が面会に同意したとしても全くの協力者でしかないために、養子の実親との再会に比較すれば、比べものにならないほど気軽なものと言える。養子の場合も非配偶者体外受精の場合も、いずれもカウンセリングによってこれを克服すべしとするのが米国などにおける大きな考え方であり、社会の支援によってこれを克服できるものである。
3 家族関係を複雑にしない−再婚・養子・婚外子との比較を
一般には家族関係を複雑にするとの批判がある。しかし、後述するように、子供は依頼夫婦の嫡出子であることははっきりしており、何ら複雑にならない。これに対して、離婚に伴う再婚、再々婚などは、極めて複雑となる。養子、さらに特別養子の場合には、これこそ複雑と言えるのである。夫が妻以外との女性の間に婚外子を作るならば、これは古典的な複雑化の一つと言える。妻が夫以外の者との恋愛によって子を作ると、分からないことも多いが、判明するときにはまさに煩雑化する。弁護士はこのようなやっかいな事件を山のように扱ってきた。生殖補助医療の場合には、これらと比較するのもおかしいほど、単純である。
4 代理母の身体的精神的負担は少ない−臓器移植との比較を
卵子提供の身体的侵襲は以前に比べ軽くなってきている。また、代理母の身体的経済的負担も通常の妊娠とほぼ変わらない。他方、臓器移植の場合は明らかに死亡時の認定の深刻さがある。生体臓器移植の場合は生身に深刻な侵襲が加えられる。いかに親族であり、提供者の同意があったとしても、許容度は限界ぎりぎりといえる。骨髄移植の場合の負担も極めて大きい。これに対し、代理母の身体的負担は通常であれば完全に回復するものである。後述するように、代理母には母親が最も適しているのである。星野一正日本生命倫理学会初代会長は、数年前に米国の母親の代理母の実例を絶賛して紹介されたのである。飯塚先生も絶賛された。これに対し、飯塚先生の弟子の日産婦会の吉村理事長は反対しているが、純然たる第三者と母親との総合的比較をしなければならず、根津医師の実施によれば、母親について弊害は極めて少なく、その成果は絶大である。反対意見は、根津医師の実施の実績を評価したくないという深層心理の発露でしかない。
3、親の決定(血縁から養育へ)
生殖補助医療の発展にともない、AID・精子提供・卵子提供・代理出産・着床前診断などは、患者のニーズに応えて、みごとに花開いてきたといえる。これに対する法的議論の遅れは目を覆うばかりである。しかし、次々と生まれてくる子の福祉のために親を決定しなければならない。親の決定は、生物学的な血縁が原則である。血縁を第一に考え、例外はその他の要素(依頼者・協力者の意思、養育の責任)を加味するということであり、これに反する一部の法律家の説明は、一般の常識人には到底受け入れ難いものである。
1 代理出産(依頼夫婦の子)
サロゲートマザーでは、依頼夫婦の夫の精子と代理母の卵子をAIDにより授精させ、代理出産させたものであり、依頼夫婦の妻は、卵子を提供していない。この場合には、血縁により、代理母が母となる。代理母は、自分の卵子で出産もしているため、引き渡しを拒むなどベビーM事件のような訴訟が発生した。しかし、現在では体外受精が利用できるため、卵子をもつ妻がこのサロゲートマザーを利用することはない。他方、ホストマザーでは、依頼夫婦の夫の精子と、妻の卵子を体外受精させ、ホストマザーに着床させるものである。血縁を重視すれば依頼夫婦の妻が母親となる。血縁と分娩が分裂してしまうのは、体外受精技術により始めてもたらせられたものである。
昭和37年最判は、分娩者=母ルールを明確にした。いわゆる妾の出産した子を他の夫婦の子として虚偽の届け出をしていたところ、母子関係の確認を決定する訴訟において、分娩者は母であるとし、認知を不要としたものである。当時は、体外受精がなかったのであり、自然分娩において、母の決定は血縁を証明するものとして分娩としたのである。血縁と分娩はまったく一体化していた。学者や最高裁は、この分娩者=母ルールにとらわれてきた。しかし、学生でも分かるように、依頼妻の卵子と代理母の出産という二つの事実が分裂している状況がある。血縁と出産が分裂した状況において、なぜ、血縁と分娩が一体化している最判と同視できるのであろうか。血縁と出産が分裂している事実から出発することは当然であろう。血縁を原則すれば、依頼母は母となる。また、血縁を6割、出産を4割とみても、依頼母が母となる。なぜ、このような議論すらされないのか。代理出産を禁止したいという深層心理から、思考停止をしているに過ぎない。法制審までが盲従した。しかし、現在法科大学院で議論をしなければならない状況の中で、血縁と分娩が分裂した事実を前提にしないで、ただ頭から分娩者=母ルールを結論として突きつけてくることは法学教育の上でも許されないばかりか、日本の法学研究の深刻な危機である。
2 非配偶者間体外受精(依頼夫婦の子)
AID・精子提供体外受精では、血縁主義の例外となる。夫が無精子症の場合には、妻は第三者の精子を使用するが、自分の卵子と出産という子どもとの結びつきがある。しかし、夫については全くの結びつきがない。血縁どころか、その他の生物学的繋がりは一切介在しない。しかし、法律上、嫡出推定があるために、夫は父とされる。血縁を重視すれば当然に父ではないにかかわらず、夫が父と推定されるのである。他方、卵子提供の場合には、分娩が介在する。夫の精子と第三者の卵子を体外受精させ、妻が出産するものである。血縁からすれば、第三者が母親となる。しかし、妻が出産するため、医師の記載する出産証明書は母の欄に妻と記載されるために、夫婦の子供として問題なく届出が受理される。
これらは例外としての親子決定である。精子提供または卵子提供は、血縁からすれば、提供者が父または母とならざるを得ない。しかし、卵子提供の場合には、出産行為があるために、分娩者=母ルールの面からすれば、問題が少ない。しかし、精子提供の場合には、完全に血縁関係がないために、やはり例外としての認定しかしえない。例外として認める理由は、夫の無精子症という障害の手当、提供者の同意である。AIDの始まったときには、法律家がかなり反対をしたのも、例外を認めたくないという理由からである。しかし、満州や南方で熱病に冒された兵隊が、無精子症になったので、戦争の犠牲者として救済するために、飯塚慶應大教授が、身体・知能共に優れたボート部の医学生から精子提供を受け実現した。法律家としては、むしろ嫡出推定があることから、法的には全く問題ないとの積極意見があっても良かったわけであるが、反対意見が強かった。さらに、平成10年根津医師は非配偶者間体外受精の実施の公表を理由に日産婦会を除名される程進んでいたが、法律研究会「生殖医療技術をめぐる法的諸問題に関する研究プロジェクト」は、身体的侵襲を唯一の理由として、卵子提供に反対の意見を出すほど遅れていた。血縁の例外ではあるが、肯定されるべきことはより早く確認されるべきであった。
3 ホストマザーと卵子提供(依頼夫婦の子)
日本人の依頼夫婦の夫の精子をもって、米国ホストマザーが第三者の卵子の提供を受け、出産したことがある。母は血縁からすれば、卵子提供者であり、分娩を重視すれば代理母である。卵子提供者は血縁があるとはいえ、本人が母となることを認めていない。代理母は、出産はするもののホストマザーである。血縁主義の例外として、卵子提供という例外が認められてきて、さらにホストマザーという例外を組み合わせることにより、依頼夫婦の妻が母となる。精子提供の場合に、父と子は遺伝的に、何らの関係もなく、同じタイプといえるので、この結論を是認できる。
米国では、約10年前にブザンカ事件で、この結論を超えて、母も父も遺伝的繋がりのない場合でも依頼夫婦を父と母とした(7)。また、統一親子関係法は、この判例の結論を踏襲している。すなわち「子の福祉」(子の最善の利益)を重視すれば、養育の責任を持つ者が依頼夫婦しかいないという単純な理由である。反対論者は古くから代理母が子を引き渡さないことを反対の理由としてきた。ベビーM事件のショックを引き継いでいる。しかし、双方が引き取りたいと争うことは、子の扶養の点では必ずしも不幸とはいえない。むしろ、子を扶養する者がいないことが問題であり、依頼夫婦に対して、親としての義務を負わせ、子の福祉を全うさせるのが、米国の法である。樋口範雄教授らの英米法を基にする優れた分析にもっと耳を傾けるべきである。日本の専門家と称する者や、日本の最高裁がどれほど子の福祉を蹂躙してきたか明らかになっている。庶民は最高裁判決を児童虐待とみている。学者、裁判官、法務省、日弁連が根津医師や大谷医師らの足を引っ張り、患者の権利を侵害し、児をいじめてきた歴史を二度と繰り返してはならない。
4 死後生殖(夫婦の嫡出子)
死後生殖ほど、結論が簡単なものはない。血縁からすれば凍結精子の提供者が父親である。また、子の福祉を重視すれば、婚外子ではないので、嫡出児として認めなければならない。最高裁は父のいない子に戸籍まで与えないという非人道的決定をしている。夫の癌治療により凍結精子しか利用できない場合、また自衛隊員やパイロットなど危険な職業に就くものが事前に凍結精子を保存しておく場合などに、夫の死亡後、夫を愛する妻が凍結精子を利用することについて、他人がとやかく言う問題ではない。
4、自己決定権(生む生まない憲法上の権利)
米国では、「出産の権利」と「生まない(避妊・中絶)権利」「自己決定権」は、憲法上の基本権と認められ、多くの判例により輝かしい歴史が形成された。日本でも、この思想は、受容されており、「基本権」を制限する側に特別に高度の必要性を立証する義務があり、規制するには「厳格審査」を要する。
1 基本権と規制
患者の憲法上の基本権を規制する場合には、安全性、倫理の点から特に必要がある場合のみ規制ができる。第1に、刑事罰は最も憲法違反となりやすい。厚生科学審議会は、代理出産について医師に刑事罰を設定したが、医師の診療の自由の侵害を通じた患者の基本権侵害として憲法違反となる。第2に、日弁連のように代理出産禁止の法的規制をすることも憲法違反となる。なぜならば、日弁連は、根津医師や患者団体に何らの調査もしておらず、合理的な規制の必要性を全く立証できていない。日弁連人権擁護委員会の名において、患者の人権を侵害するという結果となっている。それ故、第3に、営利目的の斡旋業者の弊害の規制の是非のみが残る。米国にみられるように、本来は、自由競争の中で良質のコーディネーターが成長することが望ましい。日本では、他の業界と全く同じレベルで、悪徳斡旋業者の取り締まりをできる。つまり、登録制度による規制は容易に取れるし、詐欺罪などによる取締り、民事賠償請求も可能である。
2 出自を知る権利
生殖補助医療を利用する夫婦の権利を重視する以上、産まれてきた子の出自を知る権利は、二次的な権利として認められることとなる。出自を知る方法としては、第1に両親の同意がない限りは進まない。次に協力者の同意が条件でなければならない。協力者の同意がない場合には、実質上、生殖補助医療の利用が極めて制限されてしまうからである。結局、両親の同意と協力者の同意を下に、出自を知る権利を認めるべきである。
3 権利行使への支援
生殖補助医療を利用する権利の行使を支援するには、患者への情報提供と社会の理解が必要となる。代理出産について、代理母の引受手は誰か、また代理母の死亡の保証をどうするかという課題を克服するには、(第1順位)母親(第2順位)姉妹(第3順位)友人・知人(第4順位)第三者のボランティアの順序での選択がある。母親の場合には、自らこれを無償で引き受けるものである。高齢の出産の安全性については、対処可能とされている。保証問題については、母親の場合は問題にならず、実の姉妹、または義理の姉妹の場合には、その親族間における財産配分により、調節できるものである。友人・知人や第三者の場合には、謝礼と保証問題については詳細な契約で決めておくべきこととなる。
精子・卵子の提供については、(第1順位)親・兄弟・姉妹−提供者と遺伝的性質が似ているからである(第2順位)友人・知人(第3順位)第三者となる。協力者が親・兄弟・姉妹、友人・知人の場合には、近親婚の回避のために、子に情報を提供できるというメリットがあり、また、出自を知る権利についても、提供者の同意の元に子に知らせることもできる。第三者の場合には、協力者への一定額の謝礼は必要である。謝礼を出すことは、過度の誘引として不正とはいえない。
以 上
(1)遠藤直哉『危機にある生殖医療への提言~ジェンダーバラエティー・着床前診断・精子卵子提供・代理出産』
(近代文芸社,平成16年)
(2)大谷徹郎・遠藤直哉『はじまった着床前診断~流産を繰り返さないための不妊治療』
(はる書房,平成17年)
(3)小野幸二『生殖補助医療と親子関係』産婦人科の世界第54巻第9号
(医学の世界社,平成14年)
『アメリカにおける代理出産の法的規制』
同第55巻第5号(平成15年)
『諸外国における生殖補助医療の制度』
同第56巻第5号(平成16年)
(4)遠藤直哉『ソフトローをめぐる民事機能強化と刑事抑制化の構想−医療・行政・市場・報道における予防規制−』小島武司先生古稀記念論文集
「危機にある生殖医療への提言」(近代文芸社)
(商事法務,平成20年)
(5)遠藤直哉『着床前診断と患者の権利−説明義務違反による治療機会の喪失』「21世紀の家族と法」小野幸二教授古稀記念論文集
(平成19年,法学書院)
(6)『着床前診断ネットワーク』
(7)近藤泰直訳『ブザンカ判決』及び原文

